41_v1_ 家族も会社も守りたい社長のための「民事信託による事業承継」入門

「事業は順調だが、将来、誰にどのように引き継ぐべきか」

そんな不安を抱える中小企業の経営者は少なくありません。特に、自社株の承継や経営権の移譲は、相続や贈与の問題、親族間の意見対立、会社の安定経営といった多くの課題と直結します。

こうした課題に対し、近年注目されているのが「民事信託(家族信託)」という手法です。信頼できる家族や専門家に財産の管理・運用を託すことで、社長自身が経営に関わりながら、将来的な承継に備える仕組みをつくることが可能になります。

本記事では、民事信託の基本的な仕組みと、事業承継における活用方法について、経営者の視点からわかりやすく解説していきます。

民事信託による事業承継とは?

【事例】家族内承継と経営権維持を両立したX氏のケース

例えば、ある非上場企業の創業者であり、全株式を保有するオーナー社長X氏は、家族内での承継を検討しつつも、経営権は引き続き自身で保持したいと考えていました。

X氏には、長男A・長女C・二男Bという3人の子がいますが、実際に経営に関与しているのは二男Bのみ。X氏はBを後継者に据えることを想定しています。

このケースでは、業績低迷によって株価が低いタイミングを活用し、自社株を後継者に承継することで、相続税や経営混乱のリスクを最小限に抑える狙いがあります。X氏は代表権を持ち続けつつ、民事信託により自社株の承継を円滑に進める体制を整えました。

自己信託を活用したスムーズな承継戦略

自己信託とは?基本的な仕組み

自己信託とは、社長自身が「委託者」かつ「受託者」となり、信託財産(例:自社株)の管理を行いながら、後継者を「受益者」として設定する契約方式です。

経営権と株式承継の両立が可能に

この仕組みにより、社長は議決権や経営支配権を維持しつつ、後継者に確実に株式を承継することができます。将来的なトラブルを防ぎ、税務対策としても高い効果を発揮します。

民事信託の税務メリットと注意点

贈与税の課税リスクとその回避方法

民事信託で自社株を移転する場合、生前贈与とみなされ、受益者に贈与税が課税される可能性があります。

そのため、株価評価が低いうちに信託を設定することで、贈与税の負担を抑えることが可能です。税理士と連携し、適切な評価と申告を行うことが重要です。

民事信託と遺言の違いと比較

項目 遺言による承継 民事信託による承継
効力発生タイミング 社長の死亡時に一斉に承継 生前に承継を進められる
相続税リスク 死亡時の株価で課税
(株価上昇により負担増の可能性)
株価が低いうちに承継
(節税効果が期待できる)
変更のしやすさ 比較的容易に変更可能 契約後の変更は原則困難
後継者の安心感 地位が不安定になりやすい 確実な承継で安心感が高い

種類株式との比較から見る民事信託の実務性

種類株式の導入には高いハードルがある

種類株式は導入時に定款変更や特別決議が必要で、事前準備と外部対応の負担が大きくなりがちです。

民事信託は柔軟でシンプルな対応が可能

これに対し、民事信託は公正証書による契約だけで完了し、社内での運用も可能なため、シンプルかつ柔軟な事業承継手段といえます。

後継者死亡リスクへの備えもできる

また、民事信託では第二受益者の指定などにより、想定外の事態への備えも可能となり、経営の安定性を高めることができます。

民事信託 × 中小企業経営承継円滑化法の活用

制度の課題と信託の補完効果

中小企業経営承継円滑化法には、贈与時の評価固定や遺留分対策といった利点がありますが、推定相続人の全員同意など運用上の制約がネックになることもあります。

民事信託で実務上の課題を柔軟に解決

民事信託を併用することで、法制度では難しい調整も柔軟かつ確実に実行可能です。信託の構造を活かして、節税・承継・安定経営を実現する戦略的な承継が可能になります。

実務で活かす民事信託のメリットと留意点

民事信託を採用することで、社長は経営権を保持しながらも、後継者に対して計画的な株式移転を実現できます。これにより、トラブルを未然に防ぐことが可能となり、経営の連続性を確保するための安定した承継計画が実現します。

メリット デメリット
柔軟な財産管理と多世代への承継が可能 信託契約の変更が難しく、環境変化への柔軟な対応が困難な場合がある
社長が経営権を保持したまま円滑な承継が行える 信託設定時には贈与税が発生する可能性がある
企業の決定権を明確化し、無用なトラブルを防止できる 受託者の責任や手続の複雑さが課題

このように、民事信託には経営の安定性節税効果、さらにトラブル防止という実務的なメリットがありますが、一方で税務上のリスクや手続の複雑さという注意点も存在します。事前に十分な専門家との協議を行うことが成功の鍵となります。

民事信託を活用した事業承継の導入手続き

最後に、民事信託を用いた事業承継を実行する際の基本的な導入手続きと、実務上推奨される進め方についてご紹介します。

  1. 自社株式の評価額を算定し、税理士などの専門家と連携して課税リスクを確認する。
  2. 後継者を明確に定め、家族間で十分な意思疎通と調整を図る。
  3. 自己信託契約の草案を作成し、公正証書による正式な契約締結を行う。
  4. 必要に応じて、第二受益者の指定や受益者変更権の設定など、柔軟な条項を盛り込む。
  5. 契約内容と運用方針について関係者全体に丁寧に説明し、透明性と合意形成を確保する。

これらのステップを確実に踏むことで、社長自身が経営権を保持したまま、将来の事業承継に向けた着実な準備を進めることが可能となります。

まとめ:社長が民事信託で事業承継を成功させるポイント

本記事では、民事信託を活用した事業承継について、基本概念、具体事例、税務上の注意点、他の承継手段との比較、導入ステップまで幅広く解説しました。

民事信託を活用することで、社長自身が経営権を保持しながら、確実かつ円滑な事業承継を実現するため、将来に向けた備えとして、ぜひ早めの検討・準備を進めましょう。

  • 民事信託は、経営権の保持と計画的な事業承継を両立する有力な手法です。
  • 株価が低迷しているタイミングでの実行により、税務面の負担を軽減できます。
  • 遺言や種類株式と比較して、民事信託は確実性と柔軟性の双方を兼ね備えています。
  • 導入には、専門家との連携と家族間の透明な合意形成が重要です。

今後、事業承継の準備をお考えの社長様は、信頼できる税理士や弁護士と連携して、民事信託の導入について詳細な検討を進められることをお勧めします。早期の対策が、家族も会社も守る確実な事業承継の実現につながります。